東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)140号 判決
原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 その1の主張について
原告の主張するところは、引用例二における感圧接着剤はもともと修理用及び封印用テープに用いるものであり、医療用の使用については単に「そのフイルムを接着剤の基質表面への結合を強化するよう処理して」と記載しているのみで、その処理の方法については何も記載されていないから、このように不案内な接着剤を医療用に使用することはむしろ回避されるのが当然である。この点において、審決は引用例二の技術内容の認定を誤つている、というのである。
よつて検討するに、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例二の第七欄第三三行~第三八行には、「例えば、本発明の感圧接着剤で被覆したナイロン又はポリエチレンフイルム(可塑剤を含まない)―このフイルムは、もし所望ならば接着剤の基質表面に対する接合を強化するよう処理される―の如き純粋な重合体フイルム裏材が優れた外科用及び医療用接着テープ又はシートを提供する。」と記載されていることが認められる。そして、原告が指摘する「そのフイルムを接着剤の基質表面への結合を強化するよう処理して」の文言は前記認定文章の挿入部分に当るものであつて、それはあくまでも「必要があれば行えばよい処理」を意味するにとどまり、その処理を施さなければ接着剤が使用できないことを意味するものとは解されない。
そして、前掲甲第四号証によれば、引用例二の第七欄第三九行~第四二行には、「この接着剤は人の皮膚に対して比較的無刺激である。」との記載及び第一欄第五八行~第二欄第一〇行、第二欄第六五行~第三欄第二三行には、右接着剤がアクリル酸エステル―アクリル酸重合体からなる感圧接着剤である旨の記載があることが認められるのであるから、審決が、「引用例二には……接着テープを得ることが記載され、そしてこの接着テープは外科用及び医療用に用いられること及びその接着剤は人の皮膚に対して比較的無刺激であることが示されている。」とした認定に誤りはなく、原告の主張は理由がない。
2 その2の(一)の主張について
原告の主張するところは、引用例二のものと本願発明とではその適用対象を本質的に異にするから、引用例二の記載から本願発明の感圧接着剤を選定することに格別困難性は認められないとしている審決の対比判断は誤りであるというのである。
よつて検討するに、当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明は所定の感圧接着性共重合体と治療に有効な濃度で均一に分散された抗炎症性ステロイドとからなる感圧接着性の被覆を不透過性支持体フイルム上に形成させることを特徴とする、密封療法に適用するようにつくられた薬物入り接着テープの製造方法であるから、この接着テープは、患部を密封することによつて、患部をムレさせ、それによつて薬物の経皮吸収を増大、促進させる目的に使用されるものと推認される。他方、前掲甲第四号証によれば、引用例二のものは、撓み性のある接着シート材、特に接着テープを含む感圧接着シート物質に関するものであることが認められるから、これが外科用、医療用接着テープに使用される場合においても、そのテープは、患部をムレさせることを目的とするところはなく、むしろ、ムレ、カブレを避けたいとするものと推認される。したがつて、この点において両者はその使用目的を異にするというべきである。
しかしながら、当事者間に争いのない「審決の理由の要点」(請求の原因三)によれば、審決は、引用例二の接着テープを本願発明の接着テープとして適用することが容易であるとしている訳ではなく、引用例二に記載されている外科用、医療用接着テープにおける、皮膚に無刺激性の接着剤を、引用例一の「フルランドレノロンテープ―密封療法のための新しい製品」(成立に争いのない甲第三号証)、すなわち、患部を密封することによつて、患部をムレさせ、そこに含まれる薬物の経皮吸収を増大、促進させる密封医療用接着テープの接着剤として転用して本願発明のようにすることは容易であるとしているのであつて、本願発明の接着テープと引用例二の接着テープとを直接対比判断しているのではない。
そして、当事者間に争いのない本願発明の要旨と前掲甲第四号証によれば、本願発明と引用例二のものとは、<1>接着テープに用いる接着剤である点で共通しており、<2>接着テープの中でも外科用、医療用接着テープの接着剤である点でも共通しており(引用例二においては、副次的なものとして記載されているとはいえ、外科用、医療用接着テープについても記載されていることは否定できない。)、<3>人の皮膚に対して無刺激性の接着剤であることも共通していることが認められるから、引用例二の接着剤を引用例一の接着剤として転用して本願発明のようにすることが容易であるとした前記審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。
3 その2の(二)の主張について
原告の主張するところは、本願発明の接着剤は、人の皮膚に対して無刺激であるほかに、(イ)ステロイドが接着剤と混合しても接着剤に封じ込められず、拡散し、薬剤としてなお有効に作用し、(ロ)ステロイドが接着剤と反応して変化することがなく、(ハ)ステロイドを配合した接着剤がなお望ましい接着性を皮膚に対して有している、との要件を具備したものでなければならないから、本願発明の進歩性を否定するためには、これらの性質が引用例中に示されていなければならない、というのである。
よつて検討するに、前掲甲第三号証によれば、引用例一には、本願発明とその治療目的、治療方法が全く同一の医療用接着テープで、抗炎症性ステロイドを接着剤中に均一に分散させた感圧接着剤を不透過性支持体フイルム上に形成した密封療法用接着テープが記載されており、そこに使用される接着剤の化学的名称が明示されていないほかは、本願発明と同一の技術内容が開示されていることが認められる。そうすれば、そこに使用されている接着剤は、――その化学的名称は不明であるが――本願発明と同様に、人の皮膚に対して無刺激性であることの外に、原告の主張する(イ)(ロ)(ハ)の要件をも具備しているものであろうことは当然に推認できることである。したがつて、引用例一には、そこに記載の接着剤が右(イ)(ロ)(ハ)の要件を具備している旨の明示の記載は存しないけれども、当然、黙示的に、そこに記載の接着剤が右(イ)(ロ)(ハ)要件を具備しているものであることを示唆していると解される。
そして、既述のように、引用例二には人の皮膚に対して無刺激性の接着剤が示されているのであるから、この接着剤が引用例一で用いられている接着剤――化学的名称が不明の接着剤――に相当するであろうことを期待して適用してみることは、当業者にとつて容易になしうることというべきものであり、この点に審決の判断の誤りはなく、原告の主張は理由がない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
アクリル酸エステル―アクリル酸共重合体からなる感圧接着性材料を不透過性の支持体フイルム上に塗布する前に抗炎症性ステロイドを上記共重合体中に配合するか、或はまた、上記フイルム上の上記感圧接着性共重合体層の表面に上記ステロイドを、適当な溶媒または上記接着性共重合体と共に塗布することにより、上記感圧接着性共重合体と治療に有効な濃度で均一に分散された抗炎症性ステロイドとからなる感圧接着性の被覆を不透過性支持体フイルム上に形成させることを特徴とする、密封療法に適用するようにつくられた薬物入り接着テープの製造方法。